御供物調進所 かめや利平 | 落雁(らくがん)・打菓子・たまご煎餅 神社仏閣様の紋菓子店

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会社案内

代表取締役 ご挨拶 

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はじめまして。かめや利平 代表取締役の川村陽介と申します。

 

かめやは宝暦元年(1751年)に「かめや」という屋号で千葉県成田市にある成田山新勝寺門前にてかめや利平が創業いたしました。宝暦元年(1751年)は江戸中期にあたり、8代将軍徳川吉宗さんや大岡忠相さん(大岡越前)が死去された年です。当時はお茶屋で生菓子を中心とした和菓子をお茶と一緒に参拝者や旅人に振る舞っていたそうです。

 

後の店主は7代目市川団十郎さんと深い親交があり、団十郎餅や海老蔵あめの依頼を受け、団十郎さんは江戸の舞台から投げていたようです。直筆の大看板と由緒書きは現在でも大切に保管しています。明治25年には大本山成田山新勝寺様より正式に「御供物所」の看板をいただきました。現在成田山の紋菓は兄弟会社の有限会社亀谷堂が手掛けています。

 

かめやはここ何代も男子に恵まれず、私の祖父と父も養子でしたので、私の誕生に祖父母をはじめ親戚中が大変喜んでくれました。私が小さい頃、両親は仕事が忙しかったので祖父母の家にいることが多く、「跡を継いでくれるかな?」と心配される事が多かった記憶があります。自宅では隣に工場があるため幼少期より、「カンカンカン」という木型で落雁を落とす音がいつも聞こえていました。米粉の匂いや、小豆を煮たりお供えをごま油で揚げる香りを嗅ぎながら菓子作りの環境で育ってきました。

 

 今、若い世代の方々から「落雁って何?」と聞かれることがあります。現在では多くの種類の洋菓子や和菓子があり、町の和菓子屋さんでも落雁を作らない所が多いので仕方がないのかなと思うこともあります。しかし、新潟の越の雪、金沢の長生殿、島根の山川など日本三大銘菓はほとんどが落雁であり、お茶会や寺社など日本の伝統の中で落雁が用いられてきました。

 

 正直申しまして実家に戻る前まで落雁は単に砂糖と米粉に水飴を混ぜて型抜きして乾燥させただけのもので大したことはないだろうと思っていました・・・。

しかし、社寺で用いられる落雁は「日々を健やかに過ごしたいと願うご参拝者やご信徒と神仏がつながるためのもの」ということに気付きそれ以来、単なるお菓子作りとは全くの別物と深く認識しています。御寺御社が多くのご参拝者で賑わい、ご参拝者はご利益やご神徳を得て日々を健やかに過ごされ、多くのお喜びの声が生まれる、そのような一助となることができれば幸いと存じます。

 

落雁を始めとした紋菓づくりやお供えづくりは私にとって日々の務め、ただ「清浄心」で取り組みたいと思っております。お客様の立場に立って顧客と同じ方向を向きながら、つながる菓子づくりに日々精進して参ります。

 

沿革 

  • 宝暦元年(1751年)
    初代かめや利平がかめやを創業、成田山門前にて茶店を開業
  • 江戸時代(1840~50年代頃)
    7代目市川団十郎より依頼を受け、団十郎餅・海老蔵飴を製造
    現在、7代目団十郎直筆の大看板・由緒書きを大切に保管している
  • 明治25年
    川村利三郎、成田山新勝寺様より御供物所の権利を正式に頂く
  • 大正~昭和初期
    成田山門前にて、干菓子、羊羹、練り菓子、饅頭などの和菓子の製造販売
  • 昭和51年
    有限会社 亀谷堂として法人設立、16代目川村正社長に就任
  • 平成15年
    落雁、羊羹、米菓等の通信販売事業を開始
  • 平成23年11月
    千葉県中小企業経営革新計画に承認
  • 平成28年11月11日
    亀谷堂より暖簾分け、かめや利平 株式会社を設立
  • 平成30年5月15日
    成田市田町64番地1に本社工場移転