御供物調進所 かめや利平 | 落雁(らくがん)・打菓子・たまご煎餅 神社仏閣様の紋菓子店

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会社案内

代表取締役 ご挨拶 

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はじめまして。かめや利平 代表取締役の川村陽介(かわむらようすけ)と申します。簡単な、自己紹介をさせていただきます。

 

1979年8月17日生まれ。高校卒業後に渡米し本場でジャズの勉強をし、帰国後は会社員をする傍ら都内や千葉県でジャズの演奏をしていました。30歳で実家の和菓子店に戻り、現在は神社仏閣様の紋菓子・落雁やお供え菓子を専門に調製させていただいています。

 

製造会社である亀谷堂は、宝暦元年(1751年)に「かめや」という屋号で千葉県成田市にある成田山新勝寺門前にてかめや利平が創業いたしました。宝暦元年(1751年)は江戸中期にあたり、8代将軍徳川吉宗さんや大岡忠相さん(大岡越前)が死去された年です。当時はお茶屋で生菓子を中心とした和菓子をお茶と一緒に参拝者や旅人に振る舞っていたそうです。後の店主は7代目市川団十郎さんと深い親交があり、団十郎餅や海老蔵あめの依頼を受け、団十郎さんは江戸の舞台から投げていたようです。直筆の大看板と由緒書きは現在でも大切に保管しています。明治25年には大本山成田山新勝寺様より正式に「御供物所」の看板をいただきました。現在では全国でも数少ない打菓子の専門店として商売させていただいています。

 

私の父が16代目ですので私で17代目になります。かめやはここ何代も男子に恵まれず、私の祖父と父も養子でしたので、祖父母をはじめ親戚中が大変喜んでくれました。私が小さい頃、両親は仕事が忙しかったので祖父母の家にいることが多く、「陽介は跡を継いでくれるかな?」と言われる事が多かった記憶があります。また、祖父母は神仏の信仰が深く、毎日数回は神棚に手を合わせ、成田のお不動様や香取神宮様にはよく参拝に行っていました。

 

自宅では隣に工場があるため幼少期より、「カンカンカン」という木型で落雁を落とす音がいつも聞こえていました。また、米粉の匂いや、小豆を煮たりお供えをごま油で揚げる香りを嗅ぎながら御供物一家の中で育ってきました。

 

 今、若い世代の方々から「落雁って何?」と聞かれることがあります。現在では多くの種類の洋菓子や和菓子があり、町の和菓子屋さんでも落雁を作らない所が多いので仕方がないのかなと思うこともあります。しかし、新潟の越の雪、金沢の長生殿、島根の山川など日本三大銘菓はほとんどが落雁であり、お茶会や神社仏閣様など日本の伝統の中で落雁が用いられてきたことは事実です。

 

 正直申しまして、恥ずかしながら私は実家に戻る前までは、落雁は単に砂糖と米粉に水飴を混ぜて型抜きして乾燥させただけのもの、大したことはないだろうと思っていました。
しかし、ある寺院様との出会いがきっかけで、御供物・落雁に対する考え方や取り組み方が変わりました。
御供物は、「日々を健やかに過ごしたいと願うご参拝者やご信徒様と神社仏閣様との関係を築くもの、すなわち『絆』づくりのお手伝いをしている」ということに気付いたのです。
 そのことに気づかせてくれたのはとある千葉県の寺院様でした。その寺院様では年2回安産講という行事があり、古くから参加者にお地蔵様の凡字を型取った落雁が振る舞われていました。以前にお願いしていた和菓子屋さんは高齢で相続人もいないことから廃業せざるを得なくなりました。残ったのは、古い木型が1丁だけでした・・・。

 

ある冬の晴れた日の午後に1本の電話をいただきました。私が出ると「○○寺と言いますが、落雁を作ってもらうことはできますか?木型は1本ありますが、古いので新しく作ってもらって構いません。」とのことでした。お電話をいただいたのは、その寺院のご住職の娘さんでした。「父と母は近隣の○○市、●●市などほぼ全ての和菓子屋さんに問合せましたが、粉(原料)が余ってしまうとか、干菓子はやってないなどの理由でどこも受けてもらえなくて本当に困っています。」とのことでした。私は事情を察したため「分かりました。うちで良ければご協力させてください。後日お会いし、お菓子と木型を拝見させてください。」とひとまず電話を切りました。

 

後日、ご住職夫妻と娘さんにお会いしたところ、「安産講の行事は代々お寺の大切な行事で、御信徒にはどうしてもこの落雁をお渡ししたいのです。子供達の中にはお湯に溶かして飲むのが好きな子もたくさんいるし、手伝いの方々の中には御供物が楽しみで来ている人もいるくらいです。どうしても必要なものなのです。」と仰りました。事情を理解した私は快く依頼を引き受け、心を込めて落雁を調製させていただきました。後日、その寺院様より「お菓子の出来もきれいで美味しくて本当に助かりました。参加者の方々も喜んでくれましたよ。ありがとう!」と、とても喜んで下さいました。その時、私はこういう事が、本来のうちの御供物の根底にあるものではないか、単に砂糖と米粉を固めたものではない、と心から思ったのです。

 

それ以来、私は他の神社仏閣様ともそのような関係を築きたいと強く思うようになりました。私(かめや)の御供物づくりは「絆づくり」です。単なるお菓子作りではありません。神社仏閣様が多くのご参拝者で賑わい、ご参拝者はご利益やご神徳を得て日々を健やかに過ごされ、多くのお喜びの声が生まれる、そのような状況の一助となれることを切に望んでおります。

 

神社様で祝詞が奏上され、寺院様で読経されるように、落雁やお供えを作ることは私にとって日々の務めであり、大切な神仏の信仰となっていますので「清浄心」で取り組んでいます。今ではこの仕事を誇りに思っています。神社仏閣様のお役にほんの少しでもなれれば幸いと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

沿革 

  • 宝暦元年(1751年)
    初代かめや利平がかめやを創業、成田山門前にて茶店を開業
  • 江戸時代(1840~50年代頃)
    7代目市川団十郎より依頼を受け、団十郎餅・海老蔵飴を製造
    現在、7代目団十郎直筆の大看板・由緒書きを大切に保管している
  • 明治25年
    川村利三郎、成田山新勝寺様より御供物所の権利を正式に頂く
  • 大正~昭和初期
    成田山門前にて、干菓子、羊羹、練り菓子、饅頭などの和菓子の製造販売
  • 昭和51年
    有限会社 亀谷堂として法人設立、16代目川村正社長に就任
  • 平成15年
    落雁、羊羹、米菓等の通信販売事業を開始
  • 平成23年11月
    千葉県中小企業経営革新計画に承認
  • 平成28年11月11日
    神社仏閣様への菓子販売を専門とする、かめや利平 株式会社を設立
    川村陽介社長に就任